タイガーチェア
待ちに待ったモノが届いた。
その名もタイガーチェア。
先代のデスクチェアが壊れてからというもの、
化粧台の椅子が頑張って先代の代役を務めていた。
努力は認めるものの、異常に座り心地が悪い。
30分もすると、おしりが痛くなってくる。
自然と僕の生活からデスクの上のPCから遠ざかっていく。
このままではいかんと、
二代目デスクチェアを探していたところ、
ネットで見つけたのがこの逸品。
「高級重役椅子 タイガーチェア」
風邪で高熱を発してこの体も、
タイガーチェアの到来とともに回復した。
阪神タイガースも快勝。
快適な座り心地。
これでゆっくりPCと向き合えます。
少しはここも小まめに更新しようかと、
思ってみる今日この頃。
つまづいたおかげで
ボロボロの藁半紙。
もともと粗末な紙だけに、
通り過ぎた年月が、ずいぶんと紙を傷めた。
色も茶色に変色して、
中央の折り目が破れ2枚の藁半紙となった。
中学校の頃、授業で配布された相田みつおの詩。
自分で貼りつけたのだろうか、
部屋の勉強机の上の壁にずっとこの詩があった。
いつも無意識に眺めていた。
実家を離れ、社会へ出て、
僕もいろいろとつまづいた。
その都度、この詩が頭に浮かんだ。
最近、ふと、またこの詩を思い出した。
2年前に戻ってきた実家の僕の部屋は、
すでに親父が部屋になってしまっている。
あの藁半紙はどこへいったのだろうと探していると、
東京から持ってきた荷物の中から出てきた。
なんてことはない、どこの場所へ移る時も、
僕は、この藁半紙を持ち歩いていたのだ。
つまいづいたおけげで
つまづいたり ころんだり したおかげで
物事を深く考えるようになりました
あやまちや失敗をくり返したおかげで
少しずつだが
人のやることを 暖かい眼で
見られるようになりました
何回も追いつめられたおかげで
人間としての 自分の弱さと だらしなさを
いやというほど知りました
だまされたり 裏切られたり したおかげで
馬鹿正直で 親切な人間の暖かさも知りました
そして・・・
身近な人の死に逢うたびに
人のいのちのはかさなと
いま ここに
生きていることの尊さを
骨身にしみて味わいました
人のいのちの尊さを
骨身にしみて 味わったおかげで
人のいのちを ほんとうに大切にする
ほんものの人間に裸で出会うことができました
一人の ほんものの人間に
めぐり逢えたおかげで
それが 縁となり
次々に 沢山のよい人たちに
めぐり逢うことができました
だから わたしの まわりにいる人たちは
みんな よい人ばかりです
あけました
あけましておめでとうございます。
2007年、初めてのブログ更新。
目出度い事です。
正月に今年の目標を一つ立てました。
今年はいっぱいブログを書くぞ!
たくさん書くぞ!
頻繁に更新するぞ!
もうすぐ2月。
目標を立てている自分の姿を客観的に想像してみると、
激しく赤面してしまいます。
そういう事なんだ。
自分を変えるなんて事は、そう簡単には出来ないんだ。
僕の大好きな言葉。
「マイペース」
「明日できる事は今日しない」
今年で32歳。
やっぱり変わっていかないとね、
言い訳なんか捨てて、日々成長してかないと、
悲しい40代が待っているような気がします。
ほんと、この歳になると周囲の声も色々とうるさくなります。
正月で久しぶりに親戚と顔を合わすと、
どうしても僕の結婚や仕事の話になってしまうわけで。
弟想いの姉が悩んでました。
「あんたに結婚相手に紹介したい人がいるけど、
相手の将来を考えるとねぇ・・・」
叔母さんは求人広告で僕の仕事探し。
「派遣社員のままじゃ不安でしょ?」
従兄弟の兄さんは、
僕が安定した道に走らないように、
過激な人達を僕に紹介したいようです。
「親のためになんて思うことが親不孝なんだよ!
言い訳してないでやりたいことをやれ!そして日本一を目指せ!」
そんなありがたい声を聞きながら、
ふと、昔聞いたある台詞を思い出しました。
「どうか僕を幸福にしようとしないでください。
それは僕にまかせてください」
僕だって、それなりに自分の事は考えてます。
目の前の現状から逃げるつもりもないし、
自分をあきらめるつもりもないし、
ただ自分の中で捨てられないものはあるわけで、
それなりに信念もって生きてるわけで、
それに向かって一歩一歩マイペースに・・・
ん?変わってない。
全然、成長する気配ない。
言い訳なんて捨てて、前に進みましょう。
アヒルと虎と結婚式
今回は会社の同僚の結婚式。
今までも数々の結婚式に呼んでもらったけど、
それぞれに違った感動があり、抱く思いがある。
そして、祝福の形にもいろいろあるようだ。
披露宴会場にアヒルと虎と犬5匹。
会社の有志7名が、
「かぶり物」を被って出席しようという事になった。
僕も何となく拒否できずにパトラッシュもどきの犬の
かぶり物をかぶって出席。
前日の晩、
鏡に向かってパトラッシュもどきを被ってみる。
喜ぶ子供の顔と、カメラを手にした女の子を想像した。
披露宴の会場は、
みんなの祝福の気持ちで溢れていた。
でも、虎とアヒルと犬5匹には誰も近寄ってこなかった。
冷たい視線もあびた。
僕はそこで完全に心がおれたが、
虎とアヒルは笑みを絶やさない。
なぜなら、頭の上にある虎とアヒルは、
彼らの祝福の形なのだから。
僕が一瞬でも抱いた気持ちが不純だから、
周囲の視線が痛いのだろう。
祝福されるというのは、
その人が同じ気持ちを人に与えているから。
自分を取り巻く環境は、自分の中にあるのだと思う。
だから、
この日の新郎、新婦に注がれた祝福というのは、
二人がもたらしたもの。
出席者にかぶり物をかぶらせるほどの大きな。
きっとこれからも、
この財産を二人で大切にしていくんだろうと、
そう思わせる素晴らしい結婚式でした。
心から祝福。
アヒルは泣いた。
虎は泣き真似で照れ隠し。
ただ、披露宴が終わり、
二次会の会場へと徒歩で移動する道すがら、
なおもアヒルと虎の姿で
名古屋の繁華街を闊歩する二人の背中を眺めながら、
単に趣味なのかもしれないと思った。
それでも、この二人がいつか結婚式を挙げる時、
きっと、同じように祝福されるのだろう。
結婚式
高校時代の友人の結婚式。
歳の離れた新郎、新婦が、
この日にたどり着くまでには、
いろいろな障害があったのだろう。
最後の新郎の挨拶。
あいつが泣くところを初めて見た。
鼻水垂らして、
お辞儀しながらマイクに頭ぶつけて。
悔しいけど、
正直、こいつカッコいいなぁと思ってしまった。
いろいろな友人の結婚式に招待されたけど、
その場では、結婚も良いなって思ってしまう。
僕はどうしても男目線で見てしまうから、
新郎の立場に立ってしまうけど、
ふとした仕草の中に、
新婦を思いやる気持ちってのが垣間見える。
そういうの見ると、
カッコいいな、やっぱホンモノの感情にはかなわないなって。
普段、心がけてる思いやりとかいった感情が、
本当にうそ臭く感じがしてしまうような。
愛は強い。
そういうのが欲しいなとは思うけど、
何故か僕の行き着く先は修羅場だ。
やっぱり愛は怖いな。
結婚はもう少し先でいいか。
久しぶりの更新
2ヶ月近くご無沙汰していましたが、
みなさんお元気でしょうか。
この2ヶ月、仕事に学校にと、
とても忙しかったという事にしておいてください。
僕は心身共に健康そのものです。
学校も自分のペースで進めています。
ガムシャラに努力してるわけでもなく、
まったく努力してないわけでもなく、
本当にゆっくりと。
まあ、進んでる限り、後ろには下がらないでしょ。
rockやumigameeggを見てるとね、
やばい、置いてかれるぞって思う部分もあるけどね。
ガムシャラにやれなければいけない時は必ず来ますから、
今はゆっくりと流されます。
最近、僕が家に帰ってきても、
ロンが反応しません。
いつも気持ちよさそうに寝てます。
少し前までは、寝てても、
起きて顔を上げるぐらいの反応はあったんだけどね。
二人で暮らしていた頃は、
僕の帰ると、狂ったように喜んでいたのに。
でもあの頃は、僕が側にいない限り、
ロンは常に怯えていたからな。
寝ながら、うなされるように吠えてる事も。
それから一緒に布団で寝るようになりましたけど。
だから、今の暮らしに満足してるって事でしょう。
両親も可愛がってくれるし。
ロンが何の不安もなく生活できている証拠です。
嬉しくもあり、寂しくもあり、複雑な心境です。
タイムカプセル
幼い頃の記憶。
小学生だったろうか。
僕達は将来の夢を綴り、
カプセルへ入れて校庭の一角へ埋めたんだ。
先生達は21世紀になったら掘り起こそうって、
そう僕らに笑ったんだ。
暖かい春の日差しの中で。
気がついたら2006年・・・
いつ掘り起こすのだろう?
ずっと疑問に思ってたけど、
つい先日、小学校からタイムカプセルを掘り起こすイベントの案内が回覧板で回ってきた。
回覧板?
そんなものすっかりスルーしてました。
友人から連絡があるまで、
まったくそのイベントの存在に気づかず。
なんで今頃?
そんな疑問をかき消すように、
豊橋市生誕100年記念イベントという名前が銘打ってある。
確かに生誕100年ではあるけど、
埋めた時には、確か21世紀って・・・
もしかてして、埋めたことを忘れていた?
思い出した頃には、
掘り起こすタイミングを見失ってたとか?
回覧板で回ってくるあたりが、
準備期間のなさを物語っているような気がしないでも。
急いで100年祭に便乗したとか。
細かい事なんて関係ない。
掘り起こそうじゃないか、
子供の頃に描いた夢を。
僕は何を書いたんだろう?
書いた内容をまったく覚えてない。
当たり障りなくサラリーマンとか書いて、
覚めた子供を装ってる気もする。
何かそんなんだったらガッカリだな。
大志を抱けよ、少年。
ドキドキしながらカプセルを開けてみると・・・
「名探偵になりたい。明智小五郎や金田一耕介やブラウン神父みたいに。怪人20面相みたいなライバルがいれば最高」
よく頑張った!
僕の想像を超える壮大な夢だ。
そしてシブい。ブラウン神父って誰だ?
きっと誰にも見られないように、
ドキドキしながら書いたんだろうな。
転職候補に名探偵も入れとこう。
恐怖の3兄妹
4つ違いの姉には3人の子供がいる。
小学生の長男、長女、そして保育園の次男。
こいつら、とんでもなく元気。
夏休み中の3兄妹が、2日前から我が家にお泊りに来ていたが、
今日、仕事から帰ると、もう3人の姿はなかった。
ものすごく家が静かに感じる。
一番ほっとしているのはロンかもしれない。
この3日間、ロンは健気にもずっと死んだふりをしていた。
ロンの大好物の茹でたササミも、
少し油断しているうちに
保育園の次男に食べられてしまった。
次男は何でも食べる。
気をつけないと、
そのうちロンも食べられてしまうかもしれない。
長女はすっかり女の子になってきた。
最近、会うたびに早く結婚しろとウルサイ。
次男が大きくなったら僕と結婚してくれるそうだ。
長男は、今年の春にナゴヤドームへ連れて行って以来、
野球を好きになってくれたようだ。
今では選手にも詳しくなり、
キャッチボールも随分と上手くなった。
でも阪神は応援してくれない。
もうしばらく時間がかかりそうだ。
何か家が静かすぎて落ち着かない。
でもこの静寂を今のうちに堪能しておかないと、
再来週、またヤツラがやってくる。
暗いブログ?
最近、離れて住む友達からよく連絡がくる。
なぜだろうと不思議に思ったりしてましたが、
今日、ニューヨークに住む友人からの連絡で答えが出ました。
ブログが妙に暗いけど、
何か落ち込んでる?
はぁ?暗いって、そんな・・・、
滅多に更新もしてないし、
そんな暗いブログなんて書いた覚えないよ、
内容なんて覚えてないけどさ。
友人が僕のブログを声に出して読み上げる。
うん、暗いね。
なぜだろう?
今の心配事といえば、
藤川の肩の調子とロンの発作が続いたくらい。
毎日、阪神タイガースの試合結果に一喜一憂し、
野球好きの友達と今年のペナントレース、
将来のプロ野球について熱く語り合う。
通勤電車の中、
金本の足を負傷しながらの満塁ホームランを思い出して、
気づかれない程度に涙を浮かべる。
悩み事なんて言っても、
僕の頭の中の5割を阪神タイガースがしめてる。
まあ、阪神負ければ元気もなくなるけどね。
今、気づきました。
阪神だ。
ずっと負けがこんでいた阪神タイガースが原因だ。
携帯電話が奇跡的に復活しました。
強く押さないと5がダイヤルできない以外は快調。
思い出になってしまうかと思われた
大切な友人達もきっちりメモリに残ってます。
おかえりなさい。
僕は心配してくれる友人に感謝すつつ、
元気に生きてます。
阪神も調子を取り戻し、
ロンの発作も治まりました。
トイレに浮かぶケイタイ
落ちた
トイレに
ケイタイが
泣ける
電源ハイラナイ
ケイタイのメモリが・・・
みんなの連絡先が・・・
ふと思う
自分から誰かに連絡をした事があっただろうか
よほど用事がない限り
元気?別に用事ないけど
なんて事を電話したりした事なんてない
彼女にもそんな事をしたことない
なんて事だ
ケイタイのメモリが消えても
日常生活には何の支障もない
連絡を待つのみ
その事の方が泣ける
何年も連絡をとってない人達
それでもケイタイのメモリに入っていれば
何となく繋がっている感じがしてたのに
もはや、みんなは思い出
花に嵐のたとえもあるさ、サヨナラだけが人生だ
徹夜明け
鏡の向こうには、
驚くほど更けて疲れ果てた自分の顔があった。
一晩寝てないだけの事、
それなのに、
24時間前とは明らかに違う表情がそこにある。
悲しいかな、少し年齢を感じた。
少し前までは寝ずに遊んでても平気だったのに。
まあ、どんな顔になろうと、
多少疲れが溜まろうと、
楽しければそれでいいんじゃないの。
自分の気持ちすらよく分からないのに、
人の気持ちなど分かるはずもない。
誰かがどんなに悩んでいようと、
どれだけ苦しんでいようと、
それを理解する事は出来ない。
出来るのは想像する事だけ。
求められもしないのに、
そこに介入することはしない。
安っぽい励ましの言葉なんてかけるつもりもない。
それで誤解されてもしょうがない。
それでも努力はしたい。
人の痛みを想像する努力はしたい。
結果、それが何の助けにならなくても、
そこから生まれるものはある。
無題
世の人は我を何ともゆわばいへ
我がなすことは我のみぞ知る
坂本竜馬が16歳のときに書いたといわれる有名な和歌。
これを読んで、僕は何て孤独な人なんだろうと思った。
そして、坂本竜馬をすごく身近に感じた。
人にどう思われるかなんて、
自分自身ではコントロールできない。
そう分かっていても、やりきれない時はある。
そういう時は、
竜馬と同じように和歌でも何でもいいから書いてしまえ。
書いたものを読んでみると、
それがひどくちっぽけで滑稽な事に気づく。
悩むよりは、笑ってしまった方が勝ち。
人にどう思われてるんだろうなんて、
ビクビクしてたら何も出来ない。
そう、自分に言い聞かせてみる。
結婚
車の助手席から降りた瞬間、腰に痛みが走った。
激痛というほどのもんではないが、
経験のない痛みだけに少し戸惑う。
何だこれ?
高校時代のテニス部の友人が婚約を期に、
彼女の実家の近くにアパートを借りた。
いずれは二人の新居になるであろう、
そのアパートに降り立った瞬間の出来事。
その何時間前、久振りにテニス部と友人と会ったので、
一年ぶりのテニスを楽しんだ。
最近、体を動かしてなかったので、
こりゃひどい筋肉痛が来るぞと覚悟はしていたものの、
まさか腰にくるとは・・・。
筋肉からくる痛みとは違い、もっと奥の方からくる痛み。
これが30代というものなのか。
これがオジサンってやつなのか。
怖い。
時間が流れるのが怖い。
友人のアパートは、彼女が通いつめているのか、
すでに新婚生活の香りが漂っていた。
部屋のどこに目を移しても、
「幸せ」という文字が浮き出てくる。
21歳の彼女を迎えるその部屋は、
爽やかな明るさで満ち足りていた。
そのせいか、持参した引越し祝いの一升瓶が、
妙にオジサン臭く、すごく不釣合い。
友人の結婚に立ち会うたび、
僕もそろそろなんて思いもするが、
相手がいなけれりゃ始まらないだね。
夜中まで友と語らい、そして腹の底から笑った。
心から思う。
友に幸あれ。
そして、僕もそろそろ真剣に結婚を考えないと、
そのうち手遅れになってしまう。
腰にきたらヤバイなぁ。
雨
今日は阪神・オリックス戦が雨天中止。
これだけ交流戦で雨天中止が続くと、今後の日程も連戦が続いて厳しくなりそうだ。でも福原、杉山が帰ってきた豊富な先発陣なら乗り切ってくれるでしょう。
台風の影響か雨が続くね。
そういえば、高校の時は雨が大好きだったな。
理由は部活が早く終わるから。
本当に厳しい部活で、休みなんて年に一日だけ。
だから、雨でテニスコートが使えない日は嬉しくて。
毎日、西の空を眺めては、この雲だとあと1時間くらいで雨が降るとか、曇り空でも今日は持ちこたえるとか、そんな事ばかり言ってました。
豊橋限定だけど、天気予報なんかより全然正確だったな。
おかげでテニスはなかなか上達しなかったけど。
こういう雨の日は、家でゆっくり寛ぐのが一番。
今日は仕事も休み、フィラリア検査でロンを病院に連れてく予定だったので、WEBスクールもお休みを入れてました。
午前中にロンを病院に連れて行き、午後からはロンと二人でお昼寝。
最近忙しかったから、こんな時間があっても良い。
ロンと同じ時間、同じ空間を共有する、たったそれだけの事が幸せに感じてしまったりする。
でも、ふと思う。
いつまで、こうしてロンと一緒にいられるのか。
死と向かい合わせのロンの体。
医者から、常に覚悟はしておいて下さいと言われ続けて、もう5年も一緒にいる。最近は発作もなく、新しい環境にもすっかり馴染んで、元気そのものだ。
ワガモノ顔で家の中を闊歩している。
それでも、明日は何が起きるか分からない。
今のこの一瞬を大切にしたい。
ロンといると常にそういう気持ちになる。
明日は、雨も上がるだろうか。
・・・忘れてた
4月13日は僕の誕生日。
日付が変わってから、その事に気がついた。
こっそりと、ひっそりと、年をとってしまった。
そうか、31歳になってしまったのか。
坂本竜馬が亡くなったのは、31歳の誕生日だったかな。
偉業を成し遂げた直後、彼は逝ってしまった。
僕は何も成し遂げてないけど、生きている。
生きてる以上、可能性はまだまだ広がる。
新しい日々
こまめに日記を更新していこうと心に決めたのに、
3日と気持ちがもたない自分に涙を流す今日この頃。
昨日から、春休み中の姉貴の子供達が泊まりに来てます。
小学4年生、2年生、幼稚園のイタズラ三兄妹。
彼らのパワーには圧倒されっぱなしです。
今まで、僕は彼らに「オニイチャン」と、
確かそう呼ばれていたはずなのに、
この2日間で僕の呼び名は、
「メガネ小僧」に変わってしまいました。
でも、何と呼ばれようと、どんなに罵倒されようと、
悔しいけど、奴らは可愛いのです。
そして明日からプロ野球セリーグ開幕!
早速、ナゴヤドームへオープニングゲームを観戦に行ってきます。頑張ってチケットを取ってくれた同僚に感謝!
>rock
4月からWEBスクールに通う事になりました。
努力するって、苦しい事だろうと感じていたし、
今までも自分から苦しんでいた部分があった気がする。
でも、本当は努力するって、楽しい事なんじゃないかって、
今は、そんな気分です。
また、新しい日々が始まる。
独り言
自分の事を心配してくれている人がいる、
気にかけてくれている人がいる、
その事が、どれほど勇気を与えてくれるか。
おかげ様で、ついこの前まで感じていた不安が、
今は希望に変わりました。
心から感謝。
大切な人をを幸せにしたい。
大切な人を守りたい。
男なら、誰でも抱く感情。
でも、急に何かを求められて、
それに答えられない自分がいた時は辛い。
相手への気持ちが強ければ尚更。
心優しい男の苦悩を癒す薬。
そんなものがどこかにあるのだろうか。
一人で乗り越え、自分が全てを抱え込むなんて考えると、
きっと自分が見えなくなる。
二人で乗り越える事の方が大切なんじゃないかって、
そんな事も思ったりもする。
まあ、僕は一人で抱え込んで、その挙句逃げたクチ。
その事実をどんなに美化しようとしても無駄だな。
向き合う事を放棄してしまった、
僕の場合は、ただ、それだけの事。
弱気
しばらく日記を更新してない。
文章を書くという事は思考する事。
書くことで、自分はこんな事を考えて、こんな事を感じていたのかと気づく事がある。
誰に発信するわけではなく、これからは自分のために、少しずつでも書いていこうと思う。
最近、身近な人が頑張っていたり、成功したり事に嫉妬してしまう事がある。
これは、あまり良い精神状態じゃない。
単に自分に自信が持てないだけかも。
すっかり弱気になっている自分がそこにいる。
ここいらで一歩を踏み出す勇気が必要だ。
金メダル
何気なく流れている映像に、つい見惚れてしまった。
華麗に優雅に舞うその姿に、しばし時間を忘れた。
トリノ五輪で日本に待望の金メダルが誕生。
どのチャンネルを回しても、荒川静香選手に出会ってしまう。
リンクを舞う姿、歓喜の瞬間、そして金メダル。
正直、トリノ五輪にそれほど興味なんてなかったんだけど、
何度見てもあきない。
フィギュアスケートという種目。
これはスポーツなんだろうか。
選手というよりは、演者といった方がしっくりくる。
スケートリンクの中での、肢体全てを駆使した表現。
肉体の限界を超えるような過激な運動にもかかわらず、
実にしなやかで美しい。
順位をつけてしまう事が、
何だか寂しく感じたりもしてしまう。
でも、転倒しても華麗に舞い続ける選手達を見ていると、
芸術を超えた感動がそこにあるわけで。
それは、頂点を目指す努力の中にある、
スポーツ本来の美しさなんだろう。
何か、涙がこぼれるくらいに感動してしまった。
関係ないけど、やっぱり頑張ってる人って、
本当にカッコいいし、キレイだよね。
僕も頑張ろ。
WEBプログラマー
公務員試験に落ちてから、
なかなか次の目標を定める事が出来ず、
ダラダラと今まで来てしまった。
その間、いろいろな人から刺激をもらい、
そして、周囲の温かい気持ちにも支えてもらってきたけど、
そろそろ重たい腰を上げないと。
ここ数年、ネットワーク保守という仕事に係ってきた。
何故、ネットワークの仕事に就こうと思ったのか、
その時の気持ちを、もう一度、思い出してみる。
ネットワークという無限に広がる世界の持つ可能性。
舞台や映画の仕事を離れても、
そこに何か自分のやりたい事があるのではないか、
そういう気持ちで、ネットワークという世界に興味を持った。
でも、気がついたら、自分のいる場所は、
けして望んだ場所ではなかった。
それは、自分の知識不足が原因で、また努力も足りなかった。
ただ、毎日の忙しさに追われる日々が続いた。
もう一度、軌道修正できないだろうか。
今、名古屋のWEBプログラミングのスクールを回っている。
WEBプログラマーという仕事が、
僕のやりたい事と直結しているとは言い難いかもしれない。
でも、そこから何か広がっていかないだろうか。
そんな淡い期待を抱いている。
年齢的にも、今から始めるのは難しいかもしれないけど、
恐れていては何も始まらない。
あるスクールに説明会に行くと、
見覚えのある顔に声をかけられた。
高校の後輩だ。
卒業以来だから、12年ぶりの再会か。
彼は高校卒業後、しばらく語学留学でアメリカへ渡り、
今は日本に戻って、アルバイトをしながら、
WEBデザインの勉強の為、スクールに通っているという。
もう一度アメリカに渡りたいという気持ちもあるようだ。
高校時代それほど深い交流があったわけでもなく、
連絡先も聞かずに分かれてしまったが、
お互いの空白の時間に、彼が自分の意思を持って生きていた事が、何故かすごく嬉しかったりする。
縁があれば、またどこかで会うだろう。
とにかく前に進みたい。
今は、その気持ちが強いけど、
ここで焦って道を間違えると、
また、同じ過ちを繰り返すだけ。
じっくり行きたい。
税金
実は、僕は東京での8年間で、かなり税金を滞納してました。
健康保険税、市民税、・・・。
差し押さえ通知のハガキもいただき、
区役所の方にも何度か足を運んでいただきましたが、
電気や水道も止まってしまう生活の中で、
税金を払うという行為は、僕にはとても出来なかった。。。
区役所の方って、とても腰が低いんですね。
少しずつでもいいから払って下さいと、
腰を折ってお願いされた時には、
本当に自分の情けなさに涙しました。
どんなに泣きつかれようと、非国民と呼ばれようと、
やはり毎日の生活の方が大切なのです。
腹が減ってもパンを買う金さえなく、
泣く泣く大切な書物を古本屋へ持っていくと、
店員に「こんな人気のない本は買い取れないよ」と、
鼻で笑われたあの頃。
電気、水道が止まり、
夜、真っ暗な部屋の中、懐中電灯を持って、
何かキャンプみたいと、一人笑っていたあの頃。
6畳一間の部屋に女の子を招き入れたら、
「玄関広いね、部屋はどこ?」と言われ、
何も言い返せなかったあの頃。
そんな僕でも、4年ほど前から人並みの生活を手に入れ、
少しずつ返済していましたが、今月ようやく完済!
感無量です。
これで堂々と表を歩けます。
ホリエモン
ホリエモンって悪い人なんだろうか。
お金を価値の基準にする事って悪いことなんだろうか。
法を犯すことは、もちろんいけないこと。
でも、金があれば人を動かせる、
そんな考え方が間違っていると言えるほど、
僕はキレイな生き方をしていない。
実際に動いた人が沢山いたから、
そういう価値感が生まれるんだろう。
マスコミは何を基準に動く?
ホリエモンを英雄に祭り上げたのは視聴率の為。
ホリエモンを悪党に仕立て上げるのは視聴率の為。
いや、全ては正義の為。
正義なんて曖昧な基準に頼るよりは、
お金という明確な基準に頼る方が、
よっぽど健全な気がする。
つながり
会社の同僚が退職した。
別れは挨拶は苦手だ。
見送るのも、見送られるのも。
また明日。
そんな感じで、
いつもと同じように手を振ってしまう。
本当なら感謝の気持ちを言葉で伝えたい。
でも、言葉に発したとたん、
何となく嘘臭くなってしまう。
本当の気持ちは、なかなか言葉に出来ない。
出会えた事に感謝している。
伝わらなくても、誤解されても。
だから、
この気持ちを、
次の出会いに繋げたい。
Good luck!
「・・・英語の勉強を始めたんだよね」
友人がそうつぶやいたのは2年前の事。
そして、今日、彼はニューヨークに旅立った。
ニューヨークでの新しい生活が、これから始まる。
3日前、旅立つ直前の彼を訪ねた。
どうしても顔が見たかった。
これから新しい生活に挑む男の顔を、表情を、
自分の心に残したくなった。
愛知県から彼のいる東京へ向かうと、
そこにはあったのは、
引越しの準備もままならず、
不要になった家電製品や家具の処分に途方に暮れる男の顔。
もっと早くから準備くらい出来ないものか、
そう毒づき、僕はその日のうちに東京を離れた。
でも、それだけで十分だった。
以前のように、言い訳をしたり、愚痴をこぼす彼は、
もうそこにはいなかったのだ。
一回りも二回りも大きくなった男が、
そこにいるのを感じた。
新しい環境での生活は、色々と戸惑うことも多いだろう。
途中で投げ出したくなることもあるかもしれない。
それでも、自分で望んで、掴み取った生活。
その事だけは、忘れないで欲しいと、心から思う。
また一人、こいつには負けられない、
そう思える友人が増えた。
妖怪人間ベム
闇に隠れて生きるぅ〜♪俺たち妖怪人間なのさぁ〜♪
人に姿を見せられぇぬっ〜♪獣の様なぁこの体ぁ〜♪
早く人間になりたーい!
あまりに有名なテレビアニメ「妖怪人間ベム」の主題歌。
今、この歌が僕の頭から離れない。
仕事中、暇だったので、ネットサーフィンに興じていると、「妖怪人間ベム」のサイトに巡りついた。
他の地区は知らないが、僕が子供の頃、愛知県では毎年夏休みになると、よくこのアニメが再放送されていた。リアルタイムでは観たことないけど、再放送で何度も観た記憶がある。
同じく三十路の同僚と「懐かしいね」なんて言いながら、サイトを閲覧していると、ストーリー紹介を読んで言葉を失った。
19世紀初め、人心の乱れと世の中の退廃に心を傷めた一人の化学者が正義と犠牲の精神を持った生命体を作るためにバイオテクノロジーの研究に没頭し、その誕生を待っていた。
彼が息絶え永い年月が過ぎた時、壷の中に残った培溶液から三つの生命体が誕生した。 それは、見るもおぞましい大きな眼玉の怪物<Bug-Eyed Monster>であったが、彼らは人間の外観を真似て変身する超能力を持っていた。
また、人間の弱い心にとり入った悪い妖怪たちの姿を見つける能力も備えていた。彼ら3人は愛する人間達のために、この悪い妖怪と戦う道を選んだ。しかし、B.E.M.の本性を表わすと、守った人間達から嫌われ、追われるのである。
‥‥‥そんな彼らの願いは一つ「人間になりたい」‥‥‥それだけであった。
・・・悲しすぎる。
愛する人間の為に命をかけて戦っているのに、彼らは妖怪人間だから、醜い正体を現すと、愛する人間から恐れられ、嫌われてしまう、さらに憎まれ迫害されてしまうのだ。
でも、人間の為に尽くせば、いつかは完全な人間になれると信じて彼らは悪の妖怪と戦う。
そういえば、微かな記憶だけど、ベロの笑顔って何か悲しげだった気がする。
・・・でも
彼らは人間になれたんだろうか?
「妖怪人間ベム」の最終回ってどんな結末だったんだろ?
僕らは仕事そっちのけで、WEBで調べた。
そして詳細は分からないものの、大体のあらすじをつかむ事に成功した。
第26話最終回『亡者の洞穴』
最終回で人間になる方法を見つけた3人、しかし人間を犠牲にしてなれるその方法に、そして“もし自分たちが人間になったら誰が人間を守るのか・・・”というべムの言葉で3体は手を取り合い人間が放った火の中に消えていく。残ったのはべムの帽子、べラのムチそしてベロの靴。
・・・切なすぎる、と思っていると、隣からゲラゲラ笑う声が。
同僚が「不幸すぎる!」と大笑いしていた。
その後、同僚には仕事でトラブルが相次ぎ、妖怪人間どころではなくなったしまったけど。
僕は同僚の耳元で「妖怪人間のたたりだよ」と囁き、職場を後にした。
明けましておめでとうございます
明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いします。
今年は、大晦日、元旦と仕事が休みだったので、
久々に正月を満喫できました。
過去を振り返ると、
年末年始は仕事はいつも仕事をしていたような気が。。。
大晦日は高校時代の仲間と共に。
正月は幼馴染の仲間と共に。
昔の仲間と一緒にいると、
不思議なほど心が和む。
何だろ、
自分の弱さも情けなさも全て含めて、
無条件に受け入れてくれるようなモノが、
そこにはある。
そこに甘えてはいけないんだろうけど、
もっと前を向いていかなければいけないんだろうけど、
それでも、一年に一度くらいは、
そこに帰っていきたい、そんな場所があれば、
それは幸せなことなんだろう。
去年は色々と迷う事の多い年でした。
新しい年を迎えて、
何が変わるのか、何を変えられるのか、
そんなことは分からないけど、
感じたことを行動に移せる勇気は持っておきたい、
そんなことを、切に思う。
出会いパーティー
友人に誘われて、出会いパーティーたるものに参加して来た。出会いパーティーと呼んでいいのか、合コンパーティーと呼んでいいのか、とにかく見ず知らずの男女が出会いを求めて集まるパーティー。
会場はビルの最上階にある小さな展望レストラン。名古屋の夜景を背に、40名ほどの男女がそこに集まった。
パーティーという言葉の響きに憧れる。なんかダンディズムな香りがする。僕は紳士に振る舞い、そして大人の恋の駆け引きを楽しむ、そんな事を夢想していた。
会場に着くと、友人と僕以外には誰もいなかった。早すぎた。気張りすぎた。しばらくすると、次第に人が集まり始める。思っていた以上に年齢層が高い。考えてみれば、若い人など、出会いは日常に溢れている。出会いがない人がここに集まるのだ。何か軽い好奇心でここまで来てしまった自分が恥ずかしくなってくる。みんな、真剣だ。
パーティーというからには、社交的で楽しい雰囲気を予想してたが、実際は違った。女性は決められたテーブルに座り、男性が順番に彼女たちの席を回っていく。割り当てられた時間は5分程度、時間がきたら音楽がなり、司会の人が男性は次の席へ移動するように促す。それぞれ名前も明かさず、番号で呼び合った。
僕の夢想はすぐにかき消された。そういえば、大人の恋の駆け引きなどした事ない。大体、僕は人見知りだ。
それでも、少ない時間の中で、僕は必死にしゃべった。何となく間違っている方向に進んでいる自分がそこにいる。大体、普段はそんな必死で話さない。どちらかというと、「聞き上手ね」なんて言われるタイプなのに。完全に自分を見失った。そして、女性の顔も番号もあまり覚えていない。その場を乗り切る事で精一杯。僕は何故か「関西弁が嫌いだ」と言う事を必死にしゃべっていた。
一通り回り終えると、男女が向かい合って一列に並ぶ。そして、気に入った番号を用紙に記入してカップルが成立する。
その日は3組のカップルが誕生した。そのうちの1組は僕の友人だった。僕には春はやってこなかった。まあ、当然といえば当然の結果であるが。それでも、友人に出会いが生まれた、それだけでも来たかいがあるというものではないか、そう納得させた。
カップルになった友人は、時間も遅いので、連絡先だけ交換して、その場で女性と別れた。電車の中で、友人は早速相手にメールを送った。こういうのは迅速な対応が肝心だ。
メールは、待てども、待てども、返ってこなかった。
僕は、パーティーという言葉の響きに憧れる。
悪魔
「殺すつもりはなかった。悪魔が入ってきた」
広島女児殺人事件のペルー人容疑者の供述を聞いて、
ふと思い出した事がある。
昔、舞台演出の真似事をしていた頃、
ある役者が、冗談めかしてこう言った。
「役作りなんて必要ない。役が自分に降りてくる」
それを聞いて腹が立ち、罰として鬼のような長セリフを与えた。
演技というのは、他人になる事ではなく、
他人を自分の中から見つける事だと思う。
自分にないものを表現できるはずもない。
殺人者の役は、殺人者しかできないのか。
人を殺した事はなくても、人を殺したいと思った事はあるか、
人を殺したいと思わなくても、人を憎んだ事はあるか、
人を憎んだ事はなくても、人に嫉妬した事はあるか、
掘り下げていけば、自分の中に殺人者はいる。
人を構成する要素なんて、皆そう変わりない。
どの要素が強いか、それだけだ。
そこに肌の色は関係ない。
あるとしたら環境だ。
悪魔が入ったのではなく、悪魔は自分の中にいる。
同じように天使もいる。
何を強く感じるか、
それによって、人はいくらでも変わる事が出来るんじゃないか。
良い意味でも、悪い意味でも。
サンタクロース
名古屋駅のツインタワーがイルミネーションで飾られ、すっかりクリスマスの様相を呈している。
もう、そんな季節なんだね、どうりで寒いわけだ。クリスマスの予定がきっちり空いている僕にとっては、余計に寒さが身にしみる。
姪っ子はサンタクロースが存在すると信じている。
僕の子供の頃は、まったくそういうのはなかったなぁ。クリスマスプレゼントはデパートで買ってもらってたし。むしろ、サンタクロースを信じている友達をからかって遊んでいたような気が。。。
でも、姪っ子を見てたら、サンタクロースは存在するかもねって気がしてきた。だって、「サンタさんはお利巧さんにしかプレゼントくれないよ」って一言が、ものすごく劇的な作用を引き起こすのだから。
大人は目に見えるモノしか信じないけど、子供は見えないモノも信じることができる。見えるモノだって、嘘っぱちなモノは沢山あるけど、見えるってことで安心してしまう。本当は見えないモノの中に大切なモノが潜んでいる気がするけど。
僕は子供が生まれたら、サンタクロースはいるんだよって教えてあげることにしよう。その前に、子供を生んでくれるパートナーを見つけて、家族を守る経済力を身につけないと。。。
また、急に寒くなってきた。
熱海旅行
熱海へ旅行に行ってきました。
大学の友人たち数人での一泊旅行、
毎年の恒例行事になりつつあります。
一年ぶりに会う友人たち。
30歳にもなると、
結婚して子供を生んでと、
大学時代では想像できなかった日常を背負ってしまっている。
1年という月日はまたも環境を変えてしまう。
ローンでマイホームを建てたり、
転職をしたり、
浮気してたり、
風俗で病気をもらったり、
ニートになってしまっていたり。。。
旅館の中にあるカラオケスナックで、
営業職の友人がまるで接待をするように、
観光客のおばちゃん、おじちゃんを盛り上げていた。
演歌をバックに、
お母さんのようなおばちゃんとダンスをする友人を見ながら、
仕事もこうして頑張っているのかと、
妙に感心してしまった。
喜んで帰っていく観光客の後姿を、満足そうに見送る友人。
いったい何故、何のために、君は観光客に奉仕するのか。
また別の友人の、
「One Night Carnival」を歌いながら激しく乱舞する姿を、
涙なしには見ることが出来なかった。
動きにキレもなく、息を切らせながら踊るその姿。
ローンを背負い、家族を抱える事の過酷さが十分に伝わった。
ブラボー。
その姿を写メで撮るまた別の友人。
共稼ぎの彼はつい先日も沖縄で豪遊してきたらしい。
何となく余裕が違う。。。
熱海に行ったものの、
ほとんど旅館から出ることなく、
観光する事もなく、僕らは解散した。
場所なんて、どこでも良いんだろう。
離れて暮らしているみんなで、
こうやって集まる事に意味があるんだから。
ニートの友人は来週から仕事を始めるそうだ。
実家で暮らす彼は、
時々、親が自殺してないか部屋を覗いてくれるらしい。
頑張れ、社会復帰。
地域運動会の輪投げに参加するため、
今回の旅行に参加できなかった友人に電話すると、
すごく残念そうに寂しそうな声が返ってきた。
輪投げくらい誰かに任せても。。。
まあ、人が良さは永遠だ。
来年は自分で幹事をやって、自分の予定に合わせるそうな。
来年は、胸張ってみんなに会えるように、僕も頑張ります。
再会
電車の中で、ある男性と視線が合った。
スーツ姿の生真面目そうな中年男性。
どこか見覚えがあった。
必死に記憶を探る。
実家に戻って間もない頃、
失業保険をもらう為、僕は職業安定所に通っていた。
彼はそこの相談員だった。
僕は生活の為の職探しをする一方で、
1年後に控える家裁調査官の試験を受けるため、必死に勉強していた。
環境、条件から考えると、
僕が難関な試験に合格する確立はゼロに等しい。
自分がどれだけ無駄な事をやっているか、それは十分に自覚していた。
それでも、僕には新しい目標が必要だった。
結果がどうではなく、必死に打ち込める何かが。
職探しに訪れた僕を、彼は簡単に否定した。
受かる見込みはあるのですか?
試験が終われば30歳になってしまう。
30歳で再就職するのと、29歳で再就職するのとでは、
まったく条件も異なる。
考え直した方が良い。
ひどく彼の物言いが高圧的に感じたが、それでも正論なのは間違いない。
案の定、僕は試験に落ちた。
年齢制限から、もう2度目のチャンスもない。
試験が終わって4ヶ月。
受験によって、何を得たのだろうか。
一瞬、視線が合った後、彼は逸らした。
僕はけして逸らさなかった。
あなたに引け目も感じていない、間違ったとも思っていない。
また、何かが始まるのだ。
そうやって精一杯強がることが、今の僕の現実。
彼はきっと僕の事など忘れている。
言葉の表情
仕事帰り、駅から家までの帰路を自転車で走っていると、
前方にヨロヨロと自転車をこぐオバサンの姿が。
細い路地の為に抜き去る事も出来ず、
少しイライラしていると、
オバサンは僕に気づき、
「すいません」と柔らかく侘びて道を空けてくれた。
オバサンの言葉を受けて、
僕もお礼の言葉を自然に返した。
何でもない事だけど、
人との係わりの中で言葉は大切なんだなって感じた。
イライラしていた気持ちが、
感謝の気持ちに切り替わってしまったのだから。
発せられる言葉の内容うんぬんよりも、
言葉の表情の方が、
気持ちを伝える上では大切だったりするのかもしれない。
犬と接するとき、それを感じる。
僕の言葉の意味を全て理解できるはずもないのに、
僕の気持ちを敏感に感じ取ってくれる。
それは、声のトーンであったり、声の表情であったりするんだろうと思う。
人間も一緒なんだね。
オバサンの柔らかい言葉を聞いて、
ふとそんな事を感じました。
子供についての考察
姪っ子が鼻糞を食べていた。
ものすごい笑顔で。
少し誇らしげに。
なぜ、子供は鼻糞を食べるのだろう。
子供の頃、食べている子は周りにたくさんいた。
その大半は、ろくな大人になってない。
鼻をほじってみたものの、鼻糞の処理に困る。
食べちゃおうか、そういう結論に至るのだろう。
ティッシュに包もうとか、そういう工夫がないのだ。
考えるという事を放棄する怠惰以外の何ものでもない。
だから、ろくな大人にならない。
きっと、立派な大人になる子は、まず人前で鼻をほじらない。
羞恥心と道徳心とは深く繋がっているのだろう。
僕はどうだったのだろう。
間違いなく、鼻をほじっていた。
そして、こっそりと適当な所になすりつけていた。
そんな子供も、ろくな大人にはなれなかった。
従妹の子はウンチを食べた。
これは鼻糞を食べるのとは質が違う。
けして怠惰ではなく、
どんな味がするだろうという知的好奇心だ。
そしてウンチを食べるという勇気も併せ持っている。
こいつはきっと大物になる。
もしくは大馬鹿者になる。
いつかの少年
幼い頃の、ある病室での記憶。
僕の隣のベッドには、同い年くらいの一人の少年がいる。
少年は窓を背にして、僕に微笑みかける。
名前も顔も覚えていないくせに、
僕とその少年の、その間にある空気は鮮明に覚えている。
少年は重い病気を患っている。
周りの大人たちの態度から、何となくそう感じた。
どのくらい、僕は入院していたのだろう。
いったいどのくらいの時間を少年と共有したのだろう。
寂しくて泣いている僕を、
少年は「泣き虫」と意地悪そうに笑った。
少年は玩具をたくさん持っていた。
ベットの脇にはテレビもあった。
羨ましそうに見ている僕を見て、また意地悪そうに笑った。
一緒に遊ぼう、少年がそう誘ってきた。
僕は断った。それが僕のプライドだ。
でも、すぐに折れた。僕のプライドなんてそんなもんだ。
僕らは友達になった。
僕らの遊び場所、それはベットの上。
そして、快復した僕は、少年を残して退院した。
その時の記憶がない。
どんな顔で僕は少年と別れたのだろうか。
日常の生活に戻ると、僕は少年のことなんて、
すぐに忘れてしまった。
少年は心臓を患っていた。
快復する見込みはない。
その事を知ったのは、何年も後のこと。
病室で一緒に遊んだ鉄腕アトムの玩具。
あれから何年も押入れの中で眠ったままだ。
僕は大人になった。
何かに迷ったり、逃げ出したくなったとき、
少年の笑顔が浮かぶ。
「泣き虫、弱虫」
そうやって、意地悪そうに笑うのだ。
奴はいつだって少年のままだ。
我が故郷
慣れ親しんだ東京から、
生まれ故郷の愛知県豊橋市に戻り、
はや1年と少しが経つ。
高校卒業後、山梨の大学へ進学し、
そのまま東京へと移り住んだ。
長男という立場もあり、地元での就職も考えたが、
最終的には自分のやりたいことを優先してしまった。
映画の世界で一流と呼ばれる人たちのもとで働き、
自分で劇団を作り、舞台の世界にも足を踏み入れた。
生活は貧しく、それなりの苦労もあったが、
辛いと思うことはなかった。
仲間もいたし、何より、それが自分が望んだ世界だった。
そして、親父が脳出血で倒れた。
命に別状はなかったものの、
とても今までのように働ける体ではなくなった。
「自分のやりたいことをやれ。
でも、こんな体では援助できん、すまん」
親父は、そう詫びた。
豊橋に帰るという決心ができるまでに、
それから2年もかかった。
豊橋での再出発。
30歳を向かえ、また一から出発。
再会、そして新しい出会い。
感じるのは土地の温かさと、人の有難さ。
いじめ
「生きていくしかないだろ。この狭い学校という世界の中で」
日テレ系列で今日から始まった、「野ブタ。をプロデュース」というドラマ。いじめられっ子の転校生をクラスの人気者にする為に奮闘する若者達のストーリー。
そのドラマの中で、主人公がいじめられっ子の女の子にいったセリフ。
「いじめ」って、どこにでもあるものなんだろう。
確かに閉鎖的でストレスが溜まるような環境に置かれれば、何らかのはけ口が必要になる。
以前働いていた犬の繁殖所。劣悪な環境に置かれた犬達は、集団で1頭の犬を攻撃した。ターゲットにされるのは、弱く小さな犬。それで命を落とした犬も何頭かいた。
でも、僕らは繁殖所の犬とは違う。
自分の意思で好きな場所にいけるし、自分で自分の場所を選ぶことが出来る。もちろん、自分で選んだからには、リスクは自分に返ってくるけど。
僕らが絶対的と感じている世界なんて、実はすごくもろく、実に小さな社会なのかもしれない。そんな中で自分を否定してしまうくらいなら、そんなくだらない社会は捨ててしまえば良いとさえ思う。
僕らが住んでいる世界というのは、けして狭くない。
それを知るだけでも、目の前の風景は変わってくる。
身動きできないほど苦しんでいるなら、一度全て捨ててしまえ。
我が母校
少し前の話。
仕事の休憩中に何気なくテレビを眺めていた。誰が観るでもなく、ただ漠然とNHKのドキュメンタリー番組が流れている。
そこで、夜を徹して50Kmを歩くという、とある高校の伝統行事が紹介されていた。そういえば、僕の高校もそんな事をやったなぁとぼんやり観ていると、見覚えのある顔が出てきた。
あれ、この先生、知ってる。あれ、うちの学校だ。。。
まさか、テレビで懐かしい先生と再会するとは思ってもいなかった。
我が母校、私立桜丘高校。
英語の授業は、アルファベットの練習から始まった。
そして、隣では分からないと頭を抱えている奴がいた。
部活動が盛んだったので部活の推薦入学で入ってきた連中、中学校の時に個性がありすぎて少し外れてしまった連中、成績で測られ自分は何の取り得もないと決めつけている連中、入学当時は、死んだ目をしている奴が沢山いた。
でも、そんな連中を包み込む温かさと情熱が、この高校にはあった。尾崎豊が死んだ翌日、そこら中の教室から、ギターを弾いて熱唱する教師の声が聞こえてきたという、そんな学校だ。
僕は桜丘高校の卒業生である事に誇りを持っている。
人の価値なんて、一つの角度からでは測れないという事を教わった気がする。
僕と同じような卒業生は、たくさんいるんじゃないだろうか。
認めてくれる、信じてくれる、そして、無条件に受けて入れてくれる。そういうものが、この学校にはあった。
伝統行事の渥美夜間歩行。
これを乗り越えて、初めて桜丘の生徒と認められる。
頑張れ、後輩たち!