徹夜明け
鏡の向こうには、
驚くほど更けて疲れ果てた自分の顔があった。
一晩寝てないだけの事、
それなのに、
24時間前とは明らかに違う表情がそこにある。
悲しいかな、少し年齢を感じた。
少し前までは寝ずに遊んでても平気だったのに。
まあ、どんな顔になろうと、
多少疲れが溜まろうと、
楽しければそれでいいんじゃないの。
自分の気持ちすらよく分からないのに、
人の気持ちなど分かるはずもない。
誰かがどんなに悩んでいようと、
どれだけ苦しんでいようと、
それを理解する事は出来ない。
出来るのは想像する事だけ。
求められもしないのに、
そこに介入することはしない。
安っぽい励ましの言葉なんてかけるつもりもない。
それで誤解されてもしょうがない。
それでも努力はしたい。
人の痛みを想像する努力はしたい。
結果、それが何の助けにならなくても、
そこから生まれるものはある。
無題
世の人は我を何ともゆわばいへ
我がなすことは我のみぞ知る
坂本竜馬が16歳のときに書いたといわれる有名な和歌。
これを読んで、僕は何て孤独な人なんだろうと思った。
そして、坂本竜馬をすごく身近に感じた。
人にどう思われるかなんて、
自分自身ではコントロールできない。
そう分かっていても、やりきれない時はある。
そういう時は、
竜馬と同じように和歌でも何でもいいから書いてしまえ。
書いたものを読んでみると、
それがひどくちっぽけで滑稽な事に気づく。
悩むよりは、笑ってしまった方が勝ち。
人にどう思われてるんだろうなんて、
ビクビクしてたら何も出来ない。
そう、自分に言い聞かせてみる。
甦れ片岡
「打てない、守れない。・・・全て、俺の責任」
7/5(水)横浜戦での敗戦。
その試合後、我がタイガースの片岡内野手が発した言葉。
1点のビハインドで迎えた3回表の守備。
不調で今シーズンまだ勝ち星のない先発杉山は、この日も立ち上がりから制球を崩して、苦心の投球が続く。
アウトカウント一つから、連打でランナーは一塁、三塁。
横浜4番村田の放った打球はサード片岡の正面へ。
併殺打でピンチを切り抜けたと思った瞬間、球場がどよめいた。
片岡のグラブをかすめたボールは、後方へとコロコロと転がっていた。
タイムリーエラー。
先発杉山にとっても、打線が奮わず苦しい試合が続くチームにとっても、痛い失策。
テレビでは、片岡のプレーをこう解説していた。
「けして手を抜いたプレーではない。むしろ慎重に行き過ぎた。両手でボールを取りに行った事で、動きが硬くなった」
どう解説しようと、かつて名三塁手としてゴールデングラブ賞を三度も受賞した片岡の姿はそこにはなかった。
その裏の攻撃で、阪神は反撃に出る。
それまで好投を続けていた横浜の先発門倉に対し、
2つアウトから連打で一点を返し、なおも一塁、二塁のチャンス。
ここで追いつけば、試合の流れを呼び込む事が出来る。
打席には片岡。
期待しつつも、どこかあきらめに似た感情を抱いた。
打率が二割にも満たない今の片岡。
結果、片岡は三振。
インコースのストレートで簡単に追い込まれ、最後はフォークにまったくタイミングが合わず、バットが空をきった。
6回表に強く降り出した雨によって試合は中断。
そのまま試合続行できず、無念のコールド負け。
5回にもエラーを犯した片岡に、挽回するチャンスはめぐってこなかった。
FAで日本ハムから阪神に移籍したパ・リーグの強打者片岡。
移籍一年目は期待を裏切る散々な成績に終わったが、翌年は主軸として18年ぶりのリーグ優勝に貢献した。
その後は怪我もあり、チーム生え抜きのスター選手今岡に三塁のポジションを奪われ、片岡の働き場所は代打へと変わったものの、甲子園で代打片岡の名前がコールされる度、大きな歓声が沸きあがった。
今岡が怪我で戦列を離れ、控えの関本も万全な状態ではない今、チームにとって片岡が担う役割は大きい。
そんな中、片岡はファンの期待を裏切り続ける。
繋がらない打線、その象徴が片岡にさえ思える。
けして、手を抜き、怠慢なプレーをしているわけではない。
むしろ全力で、必死にもがいているようにさえ見える。
今、打席に入る片岡に降り注ぐのは、歓声ではなく、溜息と罵声。
「打てない、守れない。・・・全て、俺の責任」
かつて観客の罵声に、怒りをあらわにした片岡も、もうそこにはいない。
日本ハムのビックバン打線と呼ばれた強力打線の象徴は、片岡のフルスイングだった。チームの精神的主柱でもあった。
怪物の松坂のプロデビュー戦、初めて三振に取った打者が片岡。155kmのストレートに対し、豪快なフルスイングで応えた片岡にプロ野球ファンは喝采を送った。
将来を約束された日本ハム。
そのチームを捨てて、阪神での野球人生を選んだ。
移籍会見で思わず見せた涙。
涙の中には、世話になった日本ハムという球団への感謝と、その球団を離れる謝罪の気持ちがあったのだろうか。
本当に熱い選手だった。
かつてのスイングの鋭さは影を潜めた。
150kmを超えるストレートにも、鋭い変化級にも反応できない。
PL学園で4番として甲子園春夏連覇の偉業を達成した夏は、もはや昔話。
37歳を迎えた片岡。
このまま片岡という選手は終わってしまうのだろうか。
今も熱い選手でいて欲しい。