ホリエモン
ホリエモンって悪い人なんだろうか。
お金を価値の基準にする事って悪いことなんだろうか。
法を犯すことは、もちろんいけないこと。
でも、金があれば人を動かせる、
そんな考え方が間違っていると言えるほど、
僕はキレイな生き方をしていない。
実際に動いた人が沢山いたから、
そういう価値感が生まれるんだろう。
マスコミは何を基準に動く?
ホリエモンを英雄に祭り上げたのは視聴率の為。
ホリエモンを悪党に仕立て上げるのは視聴率の為。
いや、全ては正義の為。
正義なんて曖昧な基準に頼るよりは、
お金という明確な基準に頼る方が、
よっぽど健全な気がする。
つながり
会社の同僚が退職した。
別れは挨拶は苦手だ。
見送るのも、見送られるのも。
また明日。
そんな感じで、
いつもと同じように手を振ってしまう。
本当なら感謝の気持ちを言葉で伝えたい。
でも、言葉に発したとたん、
何となく嘘臭くなってしまう。
本当の気持ちは、なかなか言葉に出来ない。
出会えた事に感謝している。
伝わらなくても、誤解されても。
だから、
この気持ちを、
次の出会いに繋げたい。
Good luck!
「・・・英語の勉強を始めたんだよね」
友人がそうつぶやいたのは2年前の事。
そして、今日、彼はニューヨークに旅立った。
ニューヨークでの新しい生活が、これから始まる。
3日前、旅立つ直前の彼を訪ねた。
どうしても顔が見たかった。
これから新しい生活に挑む男の顔を、表情を、
自分の心に残したくなった。
愛知県から彼のいる東京へ向かうと、
そこにはあったのは、
引越しの準備もままならず、
不要になった家電製品や家具の処分に途方に暮れる男の顔。
もっと早くから準備くらい出来ないものか、
そう毒づき、僕はその日のうちに東京を離れた。
でも、それだけで十分だった。
以前のように、言い訳をしたり、愚痴をこぼす彼は、
もうそこにはいなかったのだ。
一回りも二回りも大きくなった男が、
そこにいるのを感じた。
新しい環境での生活は、色々と戸惑うことも多いだろう。
途中で投げ出したくなることもあるかもしれない。
それでも、自分で望んで、掴み取った生活。
その事だけは、忘れないで欲しいと、心から思う。
また一人、こいつには負けられない、
そう思える友人が増えた。
映画「亡国のイージス」
「戦後60年、日本はただ太平洋と東シナ海の狭間に、ただ浮かんでただけだ。なあ、平和だったら、それだけで国って呼べるのか?」
http://aegis.goo.ne.jp/index.html
「亡国のイージス オフィシャルサイト」
戦後60年、日本が失った国家としての理想。
専守防衛と軍事力、この二つが抱える矛盾。
総制作費12億をかけ、海上自衛隊と航空自衛隊の全面協力を得て完成したアクション大作。
この映画が完成したということ、映画の評価より、そのことの方が重く感じる。
太平洋戦争で日本が得たもの、それは、戦争を憎むという気持ち。その為に軍隊を放棄し、日本という国家としてのカタチを失ったのなら、僕は日本人である事に誇りを感じる。
人は争う。
愛する人がいる限り、守るべきものがある限り、間違いなく人は争いを起こす。
でも、戦争は違う。何かを守る為ではなく、そこに国家としての利益があるから戦争は起こる。
戦後、日本は軍隊を放棄して、平和を誓った。
その日本の平和は、誰が守ってきたのだろう。
政治家?憲法?自衛隊?アメリカ?
戦争を憎む気持ちと、軍隊を持つということは、矛盾するものなんだろうか。国家として、愛する人を守りたいという気持ちを持つことが、本当に戦争を引き起こすのだろうか。
戦後、日本はアメリカが引き起した戦争に一度でも反対しただろうか。
日本が誓った平和、それは単に与えられた、無責任で自分本位なモノなんじゃないか。
極端だけど、語弊があるだろうけど、そんな思いもある。
防衛庁がこの映画に前面協力をしたという意味。
劇中、主人公は叫ぶ。
艦内の船員、そしてイージス艦を占拠した対日工作員に対して。
「どんなにみっともなくてもいい、とにかく生きろ!」
妖怪人間ベム
闇に隠れて生きるぅ〜♪俺たち妖怪人間なのさぁ〜♪
人に姿を見せられぇぬっ〜♪獣の様なぁこの体ぁ〜♪
早く人間になりたーい!
あまりに有名なテレビアニメ「妖怪人間ベム」の主題歌。
今、この歌が僕の頭から離れない。
仕事中、暇だったので、ネットサーフィンに興じていると、「妖怪人間ベム」のサイトに巡りついた。
他の地区は知らないが、僕が子供の頃、愛知県では毎年夏休みになると、よくこのアニメが再放送されていた。リアルタイムでは観たことないけど、再放送で何度も観た記憶がある。
同じく三十路の同僚と「懐かしいね」なんて言いながら、サイトを閲覧していると、ストーリー紹介を読んで言葉を失った。
19世紀初め、人心の乱れと世の中の退廃に心を傷めた一人の化学者が正義と犠牲の精神を持った生命体を作るためにバイオテクノロジーの研究に没頭し、その誕生を待っていた。
彼が息絶え永い年月が過ぎた時、壷の中に残った培溶液から三つの生命体が誕生した。 それは、見るもおぞましい大きな眼玉の怪物<Bug-Eyed Monster>であったが、彼らは人間の外観を真似て変身する超能力を持っていた。
また、人間の弱い心にとり入った悪い妖怪たちの姿を見つける能力も備えていた。彼ら3人は愛する人間達のために、この悪い妖怪と戦う道を選んだ。しかし、B.E.M.の本性を表わすと、守った人間達から嫌われ、追われるのである。
‥‥‥そんな彼らの願いは一つ「人間になりたい」‥‥‥それだけであった。
・・・悲しすぎる。
愛する人間の為に命をかけて戦っているのに、彼らは妖怪人間だから、醜い正体を現すと、愛する人間から恐れられ、嫌われてしまう、さらに憎まれ迫害されてしまうのだ。
でも、人間の為に尽くせば、いつかは完全な人間になれると信じて彼らは悪の妖怪と戦う。
そういえば、微かな記憶だけど、ベロの笑顔って何か悲しげだった気がする。
・・・でも
彼らは人間になれたんだろうか?
「妖怪人間ベム」の最終回ってどんな結末だったんだろ?
僕らは仕事そっちのけで、WEBで調べた。
そして詳細は分からないものの、大体のあらすじをつかむ事に成功した。
第26話最終回『亡者の洞穴』
最終回で人間になる方法を見つけた3人、しかし人間を犠牲にしてなれるその方法に、そして“もし自分たちが人間になったら誰が人間を守るのか・・・”というべムの言葉で3体は手を取り合い人間が放った火の中に消えていく。残ったのはべムの帽子、べラのムチそしてベロの靴。
・・・切なすぎる、と思っていると、隣からゲラゲラ笑う声が。
同僚が「不幸すぎる!」と大笑いしていた。
その後、同僚には仕事でトラブルが相次ぎ、妖怪人間どころではなくなったしまったけど。
僕は同僚の耳元で「妖怪人間のたたりだよ」と囁き、職場を後にした。
明けましておめでとうございます
明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いします。
今年は、大晦日、元旦と仕事が休みだったので、
久々に正月を満喫できました。
過去を振り返ると、
年末年始は仕事はいつも仕事をしていたような気が。。。
大晦日は高校時代の仲間と共に。
正月は幼馴染の仲間と共に。
昔の仲間と一緒にいると、
不思議なほど心が和む。
何だろ、
自分の弱さも情けなさも全て含めて、
無条件に受け入れてくれるようなモノが、
そこにはある。
そこに甘えてはいけないんだろうけど、
もっと前を向いていかなければいけないんだろうけど、
それでも、一年に一度くらいは、
そこに帰っていきたい、そんな場所があれば、
それは幸せなことなんだろう。
去年は色々と迷う事の多い年でした。
新しい年を迎えて、
何が変わるのか、何を変えられるのか、
そんなことは分からないけど、
感じたことを行動に移せる勇気は持っておきたい、
そんなことを、切に思う。